文学、音楽、映画、猫の写真


by stefanlily

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
音楽、music
映画、movie
文学、books
野球、Baseball
猫関連、Cats
芸術、Art
猫文学cat's books
Review in English
本のまくらQUIZ
小説(my own works)
文学、books(海外)
未分類

以前の記事

2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
more...

フォロー中のブログ

おいらとJazzと探偵小...
ぐうたら日和
近所のネコ2
お母さんの味を忘れたくないから
Neko panchi ...
☆ねこにはかなわぬ☆
正方形×正方形
ネコは猫でも... (...
深夜を廻る頃・・・
Living Well ...
気まぐれ感想文
光と影をおいかけて
畳ねこ
ねこ旅また旅
ネコと文学と猫ブンガク
猫、ネコ、Neko!! ...
なびかせろ!たてがみ
暮らしごと
フェルタート(R)・オフ...
月猫にっき
くぼのジュエ
猫と文学とねこブンガク
sky blue dro...

最新のコメント

以前エキサイトブロガーだ..
by LuckySevenStars at 11:34
LuckySevenS..
by suezielily at 16:55
観ました! ディライラ..
by LuckySevenStars at 19:21
ボヘミアン・ラプソディ観..
by LuckySevenStars at 16:07
marucox0326 ..
by suezielily at 16:46
こんばんわ。 バー..
by marucox0326 at 21:01
marucox0326さ..
by suezielily at 17:07
お久しぶりです。 こう..
by marucox0326 at 20:23
LuckySevenS..
by suezielily at 17:05
サモワール。鉄板ですね。..
by LuckySevenStars at 13:13

ご注意 notice

野球川柳、写真、英文記事等は無断転載禁止。 コメント下さった方、有難うございます

最新のトラックバック

芸術の秋2013
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・は行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・な行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・な行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・た行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・た行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・た行
from シェークスピアの猫
映画ひと言コメント・か行
from シェークスピアの猫
へそくり (5)
from シェークスピアの猫
へそくり (6)
from シェークスピアの猫

ライフログ


Hatful of Hollow

検索

タグ

最新の記事

シュトルム「大学時代」
at 2018-11-26 18:14
Genius/Microdi..
at 2018-11-15 00:02
ダウントン・アビー シーズン2
at 2018-11-14 23:21
海外文学過去ログ
at 2018-11-10 00:59
ダウントン・アビー1
at 2018-11-02 18:08

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧

ルシュール「三島由紀夫」


 ジェニフェール・ルシュールの「三島由紀夫」を読んだ。詳伝社。
以下、本文より抜粋。


e0295821_18194963.jpg






104-105p「5 仮面を脱ぎ捨てて」より。

「 昭和二十五年の夏の終わり頃から、三島は戦後の東京に次々あらわれたゲイバーやナイトクラブに足繁く通いはじめる。
行きつけは銀座にある『ブランスウィック』というゲイ・カフェ。(略)
そこにいたのが、当時まだ無名のゲイ・ボーイだった丸山明宏である。
後に美輪と改姓して舞台に転じ、美しい女装で知られるようになる丸山は三島と親しくなり、その交友は終生つづいた。(略)
丸山はさまざまな噂に対して自らは何も語っていない。(略)
ゲイバーめぐりをするのは(略)新しい小説『禁色』のために背景資料を集めるためだった。(略)
この野心作が、(略)まだ経験の浅い弱冠二十六歳の若者の手になるものとは信じがたい。
作者は戦後東京における同性愛者の世界の驚くべき実情を活写する。大部分の読者はこの作品によって、それまで禁忌として隠されてきたホモセクシャルの世界を知ることになった。」

107p「 『禁色』は初期の傑作のひとつであり、普通であれば円熟期の作家にしか扱えないようなテーマを、若い三島は深くそして濃密に掘り下げている。」
「11  ノーベル文学賞」より。
212p
「 昭和四十年(一九六五年)三月、(略)
 同じ月に三島は夫人を伴って『豊饒の海』の取材も兼ねた世界一周に出る。
まずニューヨークを訪れ、英訳が出版されたばかりの『午後の曳航』の宣伝を手伝った。(略)
ニューヨークの次に夫妻が向ったのはストックホルム。そこに数日滞在したのちパリに到着する。
自作の映画『憂国』の試写会で興奮を味わい、(略)
ロスチャイルドは三島夫妻が到着した日にトゥール・ダルジャンでの晩餐に招待したのをはじめ、アンドレ・マルロー夫人や(略)
ガリマール社では、評論家で『O嬢の物語』の作者であるドミニク・オーリー(別名ポーリーヌ・レアージュ)と出会い、『午後の曳航』の英訳を絶賛される。のちにオーリーは三島の短篇を何篇か英語からフランス語へ訳すことになる。」

214p
「 パリの前にストックホルムに向かったのは、ノーベル賞が授与される場所を見てみたかったからだろう。(略)
その当時、日本人でノーベル文学賞を受けた作家はまだ一人もいなかった。(略)
バンコクで取材をしていた十月十五日、三島がノーベル賞の『最終候補』になることは決定的だと各紙が伝えた。
 しかしその翌日、アカデミーが発表した授賞者は、六十歳のロシア人作家ミハイル・ショローホフだった。
表にはそれを出さなかったが、三島が内心ではひどく落胆していたのは間違いない。(略)
三島はノーベル賞を渇望していた。(略)
西欧から認められたいという思いは三島の強迫観念のようにまでなっていた。」

220p
「 三島は日本の作家のなかで、フランス文学をこの上なく熟知し愛しているひとりである。少年期にはコクトーやリラダンを読み、二十歳で夭折した早熟の神童ラディゲに自らを重ね合わせ、のちにはバタイユのなかに自分の呪われた兄弟を見出した。澁澤龍彦を通じてサドにも親しんでいた。」
222p
「 サドへのこの関心から、形式的にも内容的にもフランス古典演劇を髣髴とさせる『サド侯爵夫人』が昭和四十年に書かれた。
澁澤龍彦の『サド侯爵の生涯』(昭和三十九年)に触発されたこの戯曲には(略)科白はラシーヌ劇のように明瞭かつ修辞に富んでいる。(略)」
 
 外国人が書いた三島論は、初めて読んだと思う。
ルシェール氏の経歴は分からないし、図書館に返却する前に深く読む時間もなくて、また改めて読んでみたい。
原文も入手できればいいのだが。
確か、三島の生前を知らない若い世代の方だったかと思う。
良く調べておられるし、読み易い。


e0295821_18193144.jpg

「もう一つの日本」を求めて:三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す (いま読む!名著)

井上 隆史/現代書館

undefined




「三島由紀夫」とはなにものだったのか (新潮文庫)

橋本 治/新潮社

undefined






[PR]
by stefanlily | 2018-07-05 17:36 | 文学、books | Comments(0)