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A・ジイド「田園交響楽」


アンドレ・ジイドの「田園交響楽」より、本文の抜粋。神西清訳。
「 その女の話では、老婆はごく安らかに息を引き取ったということだ。(略)

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(略)
『この娘は盲目で、(略)姪だとかいうことです。家の者といっても、これきりらしいのです。(略)』
(略)『さあ、十五ぐらいじゃありませんかしら。(略)』(略)
 その夜のうちに娘を連れて帰ろうと心にきめていた。(略)」
「 盲目の娘は、まるで意志のない何かの塊のように、連れ出されるなりにまかせていた。(略)」
「 その夜、私が小娘を連れて帰ったのを見て、まず妻の念頭にのぼった考えは、次のような叫びになって現われた。
――
『あなたは、また何を背負いこんでいらしたの』」
「『これを、どうなさるおつもりなの?』
 この中性の呼び方は、ぎくりと私の胸にこたえ、憤怒を押えるのが容易なことではなかった。」
「 彼女としては五人の子供だけで十分だと思うし、(略)とても手がまわらないなどと言い立てた。」
「ジェルトリュードの顔に突然あらわれた天使のような表情を見て、私は一種の恍惚をおぼえた。」
「ジェルトリュードに教えるためには、まず私が点字のアルファベットを習わなければならなかった。(略)
ジャックは(略)初等科を卒えて神学科に入学し、(略)ジェルトリュードに(略)読み方を教える手伝いをはじめた。(略)ジェルトリュードは目に見えて進歩した。」
「彼女の頭の中に色と明るさの混同が起った。そこで、色合という性質と、画家がたしか『色価』と呼んでいるものとのあいだになにかの差別をつけるまでには、彼女の想像力がまだいっていないことを私はさとった。(略)
音楽会を聞かせる機会があった。交響楽の中のいちいちの楽器の役割は、偶然にも色の問題を解くのに都合がよかった。」
「『牧師さま、あたしがどんなに幸福だかおわかりになって?(略)』
『ね、あたしに嘘をおっしゃたりしてはいけません。(略)』」
「『私がジェルトリュードを音楽会へ連れて行ったのが、そんなに不服なのかね』
(略)『家の子供には、一人にだってしてやろうとなさらないことを、あの子にだけはしておやりになるんですもの』」
「 ジェルトリュードを、いつもM……嬢が管理している村の礼拝堂の、小さなオルガンに向わせたことが一再ならずあった。」
 映画ではヒロインをミシェール・モルガンが演じたそうである。無表情だが気品があって美しい女優である。年齢よりも上に見えるタイプではないかと思うが、この作品に出演した際は何歳だったのだろう。
フランソワーズ・モレシャンが言うには、カトリーヌ・ドヌーヴやM・モルガンは「波を起こさない、無難な、一番人気があるけれど面白くない。私はもう少し危険な女優が好き」ということである。
ドヌーヴでさえ、そのようにつまらないタイプに見えるというのだから、フランス人の好みの厳しく、洗練されて五月蝿いこと!さすがである。
 ジイドの作品を読んだのは随分と昔のことである。たしか、「背徳者」であったような…内容も全く覚えていない。
新潮の世界文学全四十九巻を作家別に、一人ずつ読もうと思ってバルザック、フローベール、ゾラ、モーパッサン、スタンダールと読んだ。既読の作品があるものは後回し、ということで、ジイドはほぼ未読だった。
 ジイド(新潮の表記はジッド)の経歴の中で驚いたのが、青年時代に、後に映画監督として名を成すマルク・アレグレと同性愛の関係にあったということ。
映画監督と俳優が夫婦関係、恋愛関係にある、作家が女優と、というパターンもあるし、ルノワール父子のように画家と映画監督ということもある。高名な作家と映画監督が、というのは初めて聞いた。
 ジイドの生年は1869年、明治二年である。
この選集の中にある「未完の告白」(1936年出版)の中で、ヒロインが非常に魅力的なサラ(サラ・ベルナールとは無関係なのか、未確認)という同級生に強く惹かれて、彼女は画家の娘であり、父親のモデルを務めた、という描写で、おや、と思った。
谷崎潤一郎の「卍」は1928年の出版なので偶然なのだろう。


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世界文学全集〈第34〉ジッド (1969年)背徳者・狭き門・田園交響楽・女の学校・ロベール・未完の告白

講談社

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狭き門 (新潮文庫)

ジッド/新潮社

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by stefanlily | 2017-04-07 17:02 | 文学、books | Comments(0)